内田樹さん『父の約束』寄稿 その4(2016)

内田さん書評4

弊社刊行の福島原発事故の記録『父の約束』に、内田樹さんより書評をご寄稿いただきましたので、少しずつ掲載して参りたいと思います。(ご寄稿をいただいたのは2013年です)
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「原発事故で生まれた日本人の心の傷とは?」
書評・内田樹(思想家・武道家)

○「私のことはいいから」と言える人

私の手元にあるこの「父の約束」と題された小冊子では、まさにそのいどころのなくなった「惻隠の情」が奇跡的に、細々と、まだ生きている。

書き手は被災者として政府や自治体の怠業や非情を嘆くけれども、語調あらく批判するわけではない。彼にはそれより緊急な仕事があるからである。彼自身の家族を守ること、地域社会の子どもたちを守ること、彼が職業としている「障がい者」支援を継続すること、その方がとりあえず彼にとっては優先的な仕事だ。政府や自治体はいくら訴えても何もしてくれないかも知れないけれど、自分の助力を必要としている人たちのために自分にはこの場で、今すぐにできることがある。だったら、そちらを優先させる。

この小冊子が無数の「福島論」と違う、ある種の「風通しの良さ」を感じさせるのは、「自分は何をして欲しいのか」より、「自分は何をするか」が先に意識にのぼっているからである。「被害者」としての自分たちへの支援を訴えてるより先に、私のことはいいから私よりもっと弱く、もっと傷ついているものたちを先に救って欲しいと訴えているからである。彼自身が「惻隠の情」忍びがたく、「井戸に飛び込んで」いるからである。「惻隠の情」とはこういうものだということの彼自身がロールモデルになっているからである。

「弱者支援」という言葉は単純だけれど、実行することは難しい。それは「私よりずっと弱いものがいる。彼らに対して私には支援の義務があると思う」と名乗る人間によってしか担われないからである。「私は贈与するものがあるほど豊かである」という名乗りに客観的な基準はない。10億ドルの個人資産があっても「人にわけるほどの余裕はない」とうそぶく人もいるし、自分が持っている最後のパンの半分を飢えた隣人にわける人もいる。

この小冊子の書き手である中手聖一さんはたぶん「自分が持っている最後のパンの半分」を隣人にわけることのできる人である。

こういう人がひとりずつ増えてゆくことでしか福島の復興は果し得ないだろう。そして、こういう人がひとりずつ増えてゆくことを私は信じている。

孟子は「惻隠の情」が統治の基本原理であるべきだと同じ章句のうちに書いている。

「人に忍びざるの心を以て、人に忍びざるの政を行はば、天下を治むること、これ掌上に運(めぐら)すべし。」(他人の悲しみに同情する気持ちで、他人の悲しみに同情する政治を実行することができれば、天下を治めることは手のひらで転がすように容易であろう)。

何をナイーブなとせせら笑う人がいるだろう。政治はそんな感傷や理想論ではできない、と。だが、私は当今の政治家やエコノミストより2500年生き延びた孟子の知見の方を信じる。(了)

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「父の約束 本当のフクシマの話をしよう」
中手聖一著 
ミツイパブリッシング 500円+税

この本はミツイクリエイティブHP、ヤフーショッピングから購入できます。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MITSUI YASUSHI

Author:MITSUI YASUSHI
画家・イラストレーターの三井ヤスシと申します。このOFFICIAL BLOGでは、展覧会などで発表したオリジナル作品や、書籍や雑誌などに掲載されたイラストレーションのほか、展覧会の予定などのお知らせを随時掲載して参ります。

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